荒山徹『柳生薔薇剣』

 主人公が女性の柳生剣士(もちろん荒山徹の創作)であるとか、友景がちょっとしか出ないとか、荒山徹にしては地味だとか、色々とお聞き及びのことでしょうが、そんなことより本書は宗矩の魅力満載なので、もうそれだけでおなかいっぱいというか。
 まあ普通に黒くて権力慾にまみれてて策士、という程度で、取り立てて新味はないといえばないのだが、それゆえにかスタンダード宗矩としてのクオリティは異常なほど高いというか、ここまで見事な宗矩にはそうそうお目にかかれない。これはもはや宗矩のイデアというか、人類に普遍的な集合的無意識に潜むアーキタイプとしての宗矩といおうか、アレルッキーノといおうか、要するに見事な一典型です。ル・グウィン『SFとミセス・ブラウン』を思い出すね。
 これはおそらく「伝奇世界における宗矩」の入門として最適であろう。ついこないだまで時代伝奇小説とほぼ無縁であった俺が言うのだから間違いない。とりあえず、〈では行くがいい。そして全員死ね。〉が素敵すぎる。
 そんなわけで本書の主人公は宗矩である。ライバルを蹴落とし将軍家指南役を独占し惣目付の地位につく宗矩のサクセスストーリー、その裏にはこのような暗闘が!
 そして十兵衛がすごいシスコン。お姉ちゃんっ子ぶりがえらく可愛い。ぜんぜん頭が上がらないどころか、ものすごく無邪気に懐いてるのでもう、見ていてどうにかなりそう。「実にうれしそうだ」。わけもわからず女装させられて「どうだ」と胸を張るのも相手がお姉ちゃんだからだ。もちろん剣の腕でもお姉ちゃんにはかないません。