荒山徹『魔風海峡』

 偏った感想を書きます。原作に忠実なレビューは以下リンク先を。
http://internet.kill.jp/d/200601.html#d03_t1
http://www.so-net.ne.jp/e-novels/hyoron/syohyo/72.html



 だ、大朝鮮帝国!?
 というか半島英雄伝説
 本書の真の主人公は、腐敗した李朝を打倒し朝鮮の真の独立を勝ち取るために戦う、廃嫡の朝鮮王子・臨海君。そして彼を助けるのは、かの李舜臣そのひとだ。目指すは大朝鮮帝国(ほんとにそう書いてある)の樹立。ええと、『高麗秘帖』の李舜臣不敗の魔術師ヤン・ウェンリーでしたが(あと、査問会の最中に敵が攻めて来て出撃するところなんかそっくりだ)、今度はキルヒアイスみたいな役どころになります。
 もちろんお約束の忍者というか妖術戦もあるのですが、そのあたりについては、『高句麗忍法「大武仏」』という字面を紹介するにとどめたい。そう、重機動如来です。

 李舜臣の敵は倭兵だけではない。例えば明の援軍。かれらの専横ぶりは目に余るものがあるうえ、明の水軍のごときは艦艇から装備から戦術に至るまで、およそ時代遅れであり邪魔になるだけである。 
 そこで李舜臣の副官が言う。
「明の援軍は足手まといどころか敵です」
「で?」
「排除しちゃいましょう。敵だし」
 といった会話がたまらない。もちろん見事に排除されます。

 クライマックスは霧梁海戦なのですが、本書における李舜臣は人柄とは裏腹に、こと戦闘となるとド派手な火力主義者ぶりを発揮します。で唯一の強敵(ということになっている)小西行長も火力主義者。
 かくて両者が相対すれば、朝鮮水軍は天字砲・地字砲が火を吹き、鳥乱弾が炸裂し飛撃震天雷が倭兵を肉片に買える。一方で小西艦隊は、ポルトガルから輸入した大砲を備えた大型船を並べ一斉射撃。甲板にはもちろん火縄銃がずらりと。 実に霧梁海戦とは、明水軍を一蹴した小西艦隊と、島津軍を一蹴した李舜臣艦隊との、壮絶なる火力戦なのでありました。実際の歴史ではどうなってるのか知りませんが。
 そして砲撃の轟音が響く中、忍者は船と船を飛び交い、船上では臨海君と真田幸村が切り結び、あるいは双方の忍者が秘術妖術の限りを尽くし、朝鮮妖術は天候をも左右し、なんか石川賢の絵が浮かんでたまりません小生。
 忍者対忍者の対決ばかりが紹介される本作ですが、ミクロとマクロのレベルの戦いが、アホみたいな砲撃をBGMに同時進行、とうのがこう、ア・バオア・クーアムロとシャアが生身で一騎打ち、的な。あと主役級のメンツは基本的にニュータイプで、民族だの身分秩序だのに魂を引かれたりしません。
 そしてちゃんと感動的なシーンで終わりエピローグはホロリです。最後の一文がしみじみ優しい。思うに伝奇小説は、歴史のスキマ(オフィシャルな歴史には残らなかった部分)を好き勝手に妄想するがゆえ、歴史の影で忘れられ消え去る個人の想い、みたいなモチーフと相性がよい。
 そんなわけで極上のエンターテインメントでした。