ロスト・ハイウェイ

 なにこのAIR。いや、「さようなら」(「ディック・ロラントは死んだ」)も「どこまでも、どこまでも高みへ」(ハイウェイの疾走)もちゃんとあるし。というかなぜTV版AIRにはありませんか。
 過去だか前世だかじみたものの幻視の果ての「変身」なんてまんまDREAM観鈴篇のラストを思い出させる。観客をある人物に同調して映画的物語の中に踏み込ませたあと、その人物を「消して」、物語の中をあてどなく浮遊させること。謎解きと主人公のアイデンテフィケーションのクライマックスにおいて主人公は消失し、まあ予感は示されてはいたけれどとりあえず「ぜんぜん別の話」が始まる。彼は何もかも忘れて別のありかたを選んだ、とでも言うように。あと、通して見るとけっこうダレるが、イメージの喚起力というか瞬発力に極めて優れている、という点で同じタイプのスタンドというか。あとMOON.の高槻はけっこうリンチの映画に出てきそうなタイプだと思った。


 イイ感じでわけわかんなかった。あるいは、わけがわかるように解釈しようと思えばできるけど、それどころじゃねーんだよ。現実だろうが妄想だろうがのっぴきならぬリアリティで迫ってくるなら同じことではないか。現にわけわかんない映画が目の前にあって、その映画の中に観客と同じほど混乱した主人公が存在するなら(この順番は逆であってはならない)、観客としてはその主人公と同一化するのは避けがたい仕儀である。