桜庭一樹『GOSICK』III

 正しい「萌える探偵小説」ではないかと。正しい、というのは、パロディ臭やスカした嫌味(わかるだろ?)抜きで普通に萌える、という意味で。そして、萌え描写と探偵小説的趣向がきちんと融合している点で。
 今回は「電話越しに事件の話を聞いただけで解決」というすぐれて安楽椅子探偵的な趣向なのだが、そこに、電話ごしの会話ならではの萌え描写が絡むわけな。旅先で事件に巻き込まれてやむなく知恵を借りようと電話したのか、ただ声が聞きたかったのか、そんなことはあっさりとうやむやになる。知恵を貸す側にとっても、頼まれて知恵を貸したのか、電話をひたすら待ち侘びていたのか、なんてさ。あと、風邪っぴきヴィクトリカの電話越しの反応の初々しさといったらもう、丼めしの一杯や二杯。

 トリック。おどろおどろしい趣向の割に語り口があっさりしていて、剥ぎ取られるべき神秘がそもそも神秘に見えない、という点が問題か。筆力次第では『ブラウン神父』の一篇ぐらいにはなるだろうに。逆にいえばチェスタトンは語り口で眩惑するタイプなので、これはフォローになっていないわけだが。

 あと、どんな存在であろうとそこではタダの一生徒にすぎない、という意味で正しい学園モノ。ヴィクトリカは幼少の頃からずっと、家族にも屋敷の使用人にも人間の女の子とはあんまり思われてなくて、超自然的な恐怖の対象だったのですが、学園では小さな灰色狼をタダの女の子にする魔法が働いていて、一弥くんにとっては意地悪だけど気になる女の子だし、セシル先生もヴィクトリカを大事な生徒の一人としか見ません。欠けていたものがきちんと埋め合わされる感があります。長年の病が癒えるような。

 とまあ不満要素は見当たらないはずなんだけど、なんか妙に食い足りない。好きだけど。