『地上最大のロボット』、「傲慢の「罪」をこえるもの」

 『地上最大のロボット』(原題・史上最大のロボット)再読。
 ところで、「傲慢の「罪」をこえるもの」による要約はいくつかの点で怪しい。少なくとも以下のセリフとはくいちがう。
 サルタン曰く、

いつかまた国を奪い返すつもりで このロボット「プルートウ」をつくったのじゃ
だがつくってるうちにこんなすばらしいロボットなら これを使えば世界の王にもなれると思ったのじゃ

 召使ロボット曰く、

だがあなたはプルートウで他のロボットを壊し始めたので プルートウを倒すためにボラーを造ったのです

 召使ロボット=アブーラはむしろ、ロボットが壊されてゆくのを目の当たりにして、あわててゴジ博士として一芝居打つことにしたんじゃないかという気がするけど。アブーラ/ゴジ博士としてはこれと矛盾したことも言うが、それはあくまで仮面の発言であるわけだし。すれ違いさえなければ、エプシロンが破壊される前にプルートウを止めていたかもしれない。
 召使ロボットを責めるとしたら、事ここに至ってはやむをえぬ犠牲とばかりに、プルートウを切り捨てたことについてだ。確実に言えるのはそのくらいではないか。
 べつに召使ロボットの弁護をする気はないが、どうも稲葉先生、自説の都合のために召使ロボットの悪行をむやみと誇張して印象付けようとしている感がある。


 《王制が過去の遺物となってしまった世界で、それを承知しつつなお王の栄光の夢を捨てきれないスルタンは、せめて一つのことについてだけでも 世界一の存在となりたい、と願い》だとか、《王制自体が過去の遺物であることを認める悲しき王のささやかな自己満足》だとか言うのは想像にすぎない解釈である。だいたい王制が過去の遺物になったなんて手塚治虫はどこにも書いてないから、それを認めるもくそもない。よってサルタンの「心の傷」なんてのも、想像の範囲を出ない。
 まあ、サルタンのせりふを深読みすれば、かつてはプルートウ玉座を取り戻すことも夢見たがすでに諦めて……と解釈できなくもない。だが、その程度の想像で語っていいのなら、「世界一」という願望自体がアブーラ博士の吹き込んだものであるかもしれないではないか。たとえば、ふたたび玉座を取り戻すために、アラブ世界に戦火を巻き起こそうと画策していたサルタンの気をそらすためにその傲慢さを利用したのだ、とか(参考:http://www.websphinx.net/manken/labo/atom/at_goji.html)。別に信じちゃいませんが。それにどのみち、犠牲を予定のものとする「算術」はあらわれてしまう。しかし稲葉振一郎はやはり、たとえサルタンの説得に失敗してアラブに戦火が巻き起こる結果になったとしてさえ、数体のロボットを破壊して回るなどという蛮行だけは思いついてはいけない、とそこまで言っておくべきではなかったか。
 それにしても、作品内にありもしない設定を捏造し(王制が過去の遺物になったとか)、少なくとも明示されていない「心の傷」をばかり言い立て、「たったひとりの心の傷と、数体のロボット」という図式を自明のものと見せかける書き方は、ずいぶんと欺瞞的ではないだろうか。


 ところで、《あえてスルタンを指弾しうるとしたら、彼は「遊び」のルールを踏み越えてしまった、つまり「ごっこ」であるべき「遊び」の世界で本当に人の命をもてあそんだ、という点である。召使いロボットはスルタンに、「くだらない遊びはやめて大人になれ」と言いたかったのだろうか? それなら大きなお世話である。スルタンにも遊ぶ権利はある。彼に言うべきことは、「ちゃんとルールを守って遊べ」であったのではないか?》
 これはつまり、プルートウモンブランを破壊した後で、召使ロボット=アブーラは「ちゃんとルールを守って遊べ」とサルタンを説得すべきだった、ということだよね。できるのかなあ。