木田元『反哲学史』(講談社学術文庫)より。

 いったいこれまで日本で書かれた哲学史は、一つの基本的枠組を踏襲しておりました。そのため、この枠組が古今に通じて妥当する普遍的なものであるかのように信じられてきましたが、これは間違いです。この枠組は、実は日本人が西洋哲学を本格的に学び始めた十九世紀末から今世紀初めにかけてたまたまヨーロッパで支配的だった見方にすぎないのです。この枠組をつくりあげたのは、当時ヨーロッパでもっとも充実した哲学の研究を進めていた新カント派の人たちなのですが、彼らにしても時代の限定を受けないわけはありません。……ヨーロッパ文化がもっとも進歩した文化であり、他の文化圏も遅ればせながら、これを目指して追いかけてくるのだという進歩史観と西欧中華思想の上に立ったきわめて楽天的な世界史の構図が描かれることになりましたが、新カント派の哲学史もこの世界史の構図によって強く規定されています。(p13)

 原本は1995年刊。