古橋秀之『ある日、爆弾がおちてきて』

 至福。なにこの完璧さ。
 小説技術がむやみと高く、もうこのままお手本として使えそうなぐらいです。小説書き志望はとりあえず全文書き写すとよいと思いました。金原ゼミ出身者は違うね!
 つっても僕が金原ひとみなど読むはずもなく、というか他には秋山瑞人しか知らないのですが。秋山瑞人のそれが芸人的とすれば古橋秀之のこれは職人的なうまさといえましょう。要するに嫌味がない。技巧といっても読者を驚かせたり威圧したりするようなものではまるでなく、つるつると喉越しよく入ってゆきます。ヤバいくらいに。上善如水。
 ああそれにしても、ラノベの多くがいかに、書き手の個性だか資質だかによって技術的な不足を糊塗していることか!

 えーと、カジシンのリリカルSF短篇を読んでいるとなぜかむやみと腹が立つ、といった人にはおすすめ。どういう薦め方ですかっ。
 個人的にはこがわみさきのマンガからモノローグ抜いたような感じ、ってそれ全然違うじゃん。まあ、ちゃんと古橋秀之です。

 以下は各話感想。ネタバレです。

・「ある日、爆弾がおちてきて
 そこで思い出すのが『Sense Off』の成瀬じゃなくて『りぜるまいん』、だった俺は負け組。あと『みずいろ』の日和。
 杉崎ゆきるによるマンガ版『りぜるまいん』しか知らないのですが、あれは男の子と女の子の時間の流れ方の違い、を扱った作品としてはかなり好きです。これとは全然違うけど。
 ところで、いまどきキノコ雲かよ、という気は正直しなくもない。それが禍禍しさではなく単にキレイなもの、としてイメージされるという点で、あの原爆の記憶が脱色されていてそれはよいのですが。
 以下は思い出話。
 その昔「核戦争一分前」ってパンフレットがあってね、まだソ連があったころ。キノコ雲をバックに十二時一分前の懐中時計かなんかが表紙。東西の緊張が高まるごとに時間が進む時計、のイメージで核戦争の危機を訴えていた。緊張緩和すると針が戻ったりする。だから何だと言われても困りますが。
 感想? うう。やるせねえ。どうすればいいんだ。それ感想かよ。

・「おおきくなあれ」
 やっぱり『おおきくなりません』思い出すよなあこのタイトル、というのはともかく。いきなりバキネタかよ、とかそういうのもともかく。あとタカさんて、というのもともかく。
 設定の開示の手順が異様にスマートであり、細部はいちいち光っており、まあいうことなし。お幸せに、とは言っておく。それこそ必要ないだろうけど。このカップル好きだ。
 ヒロインが挿絵でちゃんと可愛く描かれていて、ちょっと安心した。

・「恋する死者の夜」
 『ゾンビ』、それも『終末の過し方』での言及のされ方のような。
 「リピーター」の台詞がいちいち字間空いてて、それ読んでると、どんどんこっちの時間の感覚が侵蝕される感じがした。恐かった。これ設定叙述との併せ技なので、表記法のみに帰することはできませんが。
 ヒロインは知的障碍者らしいのだが、それを特に説明しないというか一言も言及せずに済ますスマートさ、にはいちいち触れるのも野暮か。一方で円運動のメタファーは語られすぎである気もするが、まあ些細なことです。挿絵は可愛く描きすぎだと思う。
 余談になるが、時間のイニシアチブを読者から奪う、というのがヴィデオゲームの専売特許ってことはないと思う。というか、メディア的特性の差、は前提となる諸条件の一つにすぎず結果の限定を約束しない、たとえば作り手の技量差の方が相対的にはデカい、ということも当然ありうるわけで。

・「トトカミじゃ」
 本編はもちろんだけど、これは口絵と挿絵がいいんだな。
 いいものを読ませてもらいました。有難うございます──という以外に言うことなんて出てこない。
 なんというか早見裕司的な趣向も好み、かなり。

・「出席番号0番」
 これも口絵がけっこう好きかな。
 第三者の審級、みたいな話をあっさり持って来るあたりがスノッブにはたまらぬのでありまして。
 それにしても、ガキどもが何かと微笑ましくてよい。土屋くんええなあ。短篇で使い捨てるにはいちいち惜しい、という水準のキャラを何人も投入できるのがまあ力量ってやつ。
 「自動的だよ! ブギーさん」がかなり好きなので、これは嬉しかった。

・「三時間目のまどか」
 いい話。
 感傷だの無力感だのに閉じこもるような話、にならないのが秋山瑞人との差です。適当言ってますが。

・「むかし、爆弾がおちてきて」
 その昔、「爆弾」といえばテロじゃなくて原爆、だった時代がありました。あと、ヒロシマ以降の我々はそれ以前とはまったく別の時間を生きている*1、とか。
 「美亜へ贈る真珠」が悪趣味で我慢ならねえ、と憤っていた頃の俺に読ませたい。「詩帆が去る夏」も釈然としなかったけど。
 冒頭作とあいまって、原爆(核戦争)のイメージの脱構築、みたいな趣きはあります。
 これが最後に来ることによって、「ちょっといい話」や「救いのない話」たち、みたいなわかりやすい印象に終わらない、独特の趣をこの短篇集は勝ち得ている、といえましょう。

*1:柄谷行人「核時代の不条理」